生き方支援

かつてはストイックだった自分がストイックな生き方をお勧めしない話

僕はかつて「ストイック」な人間でした。

学生だった頃は学生生活の大半を部活と勉強に注いでいました。

時間さえあれば練習し、夜になっても暇さえあれば勉強。

誰よりも練習したい。練習したからって勉強もおろそかにしたくない。

部活も勉強も常に満点近くを取りたい。

どうやったらもっと上手くなれるのだろう。

どうやったらもっと賢くなれるのだろう。

休んでいる時間がもったいない。

頭の中は常に自分の課題ばかり考えていました。

かつて野球をやっていた時は、いくら練習しても試合に出られない状況にひたすらイライラし続けており

そんなイライラをかき消すように夜遅くまでひたすら素振りをしていた時もありました。

しかしこうしたストイックな生き方をしたせいで犠牲になったものもあります。

ストイックな生き方は周りを委縮させる

ひとつは人からの信頼。

ストイックな生き方をしていた頃は、とにかく自分に厳しくしていた為、他人の気持ちを考えられる余裕はありませんでした。

部活をしていた頃、自分よりも練習して来なかった相手には

「なぜ練習してこないんだ。」

とイライラしていました。

時には相手が疲弊しているのにその思いを振り払って

「もっと頑張れるだろ!」

「俺はそれ以上に頑張っているんだ!」

と言い放ったこともあります。

でも頑張っているか頑張っていないかはあくまで自分勝手な基準。

自分は頑張ってないと思っていても、相手は本当に精一杯だったのかもしれません。

もしくは精いっぱい頑張ってきたことを認めてほしかったのかも。

そんな自分は次第に恐れられる存在となってしまい、自分の周りには人が近寄ってこなくなりました。

ストイックなことが強いことだと誤認していた自分は、気づけば誰も信頼されない人間になってしまいました。

今では本当に申し訳ないことをしたなと思っています。

ストイックな生き方は自分を苦しめる

そしてストイックであり続ける最大のデメリットは自分を苦しめてしまうことです。

ストイックになってしまうと途端に怠けている自分が許せなくなってしまう。

休んでもなお、もっと勉強しなきゃ、もっと頑張らなきゃ、と。

遊びの時間でさえもったいない、

いつも自分の心に鞭を打ち続けていました。

次第には自分が苦しいと思うことでさえ無視し続けてしまいました。

それが末期になるともはや痛覚が麻痺して、苦しいことでさえ苦しいこととわからなくなるくらい。

こうして僕は心の病気になりました。

ストイックになった結果、僕は身も心も弱い人間となってしまいました。

人にも自分にも優しくありたい

心の病気を克服し、健康な体を取り戻した今

特に思うことは自分の強さをはき違えていたことです。

今だからこそ胸を張って言えるのは

僕の長所は「弱いこと」

弱い自分を持っていることが強みだと胸を張って言えます。

心の病気にもなって無収入にもなり、社会的に弱い立場になりました。

しかし僕が弱いことで、弱い立場の人は僕に気軽に相談しやすくなるかもしれない。

僕が弱いことで同じように苦しんでいる人を理解できるかもしれない。

僕が弱いことが分かってもらえれば、他の人はリラックスして関わってくれるかもしれない。

なにより自分が弱いことで、自分や他の人の痛いことや苦しいことにいち早く気付けるかもしれない。

何より弱い人は何もできない、ではなくて、弱い人だからこそできること、見える世界があると思う。

これからも弱いままでいい。

かつてストイックだった自分のお話でした。