作業療法士のこと

【作業療法士の仕事】終末期リハビリでの作業療法

今日は

  • 僕が経験した終末期における作業療法

についてお話しようと思います。 

 

終末期とは

病気の進行により、治療による回復が期待できず、余命わずかな時期

を指します。

(ターミナルということもあります)

 

終末期におけるリハビリの介入は

余命わずかな人たちが、人生の残りの時間を自分らしく過ごし

満足して最後を迎えられるようにすることが目的です。

作業療法士もこういった終末期の患者様と関わります。

 

  • 終末期のリハビリって何をしているのかわからない。
  • 回復の見込みがないのにリハビリって必要なの?
  • なぜ作業療法士が関わるのかがわからない

といった方はぜひ参考にしてみてください。

終末期リハビリで経験した世界

僕が作業療法士2年目の頃に地域包括ケア病棟で

3年目の頃に大学病院で、終末期の患者様を数多く担当しました。

 

また行っていた大学が、終末期の作業療法に関する研究を先駆的に行っているところも影響して

終末期リハビリには興味を持って行っていました。

 

担当した終末期患者様の多くはがん等の難病を罹患されている方でしたが

  • 他にもアルツハイマー型認知症末期の方
  • 末期心不全や末期の呼吸器疾患を持たれた方
  • 多発性脳梗塞を何度も再発した方

も終末期で担当しました。

機能回復の考え方は通用しない終末期

終末期は、急性期や回復期で展開される機能回復の考え方が全く通用しない世界でした。

 

ほとんどの患者様は

  • 栄養状態が著しく悪化している方
  • 安静時より容易に低酸素状態を引き起こしてしまう方
  • 脳委縮が著明で意思疎通も不可能となった方
  • そもそも癌性の全身疼痛で起きることもできない方

など機能回復を図ろうにも現実的には不可能で

そればかりか機能低下が避けられない状況に多く直面しました。

 

しかし重度の疾患を持たれている方でも

ひとりの尊厳を持つ人であることには変わりはありません。

 

どんな方でも最後まで尊厳を持って生きる権利を持っている

そのことを思いながら終末期リハビリに臨んでいました。

人生の最後まで自分らしく…

終末期でのリハビリでは

人生の最後まで自分らしく生きる為のサポート

を念頭に

クライエントのQOL(生活の質)改善に必要なことをとにかく考えていました。

 

終末期リハビリテーションの定義について

ある文献からこのような言葉があります。

終末期リハビリに機能回復を目的としたリハ介入はありえない。

なぜなら、原疾患の進行により機能低下が避けられないからである。

しかし人は必ず人生の終末を迎える。その際、実現不可能となるADL向上を目的とせず

患者の機能実現を目指すQOL改善の手段としてリハビリを行うことは可能である。

出典:終末期リハビリテーションの臨床アプローチ/編集 安部能成より

終末期リハビリに求められるのは

患者様およびご家族様が

何をもってQOLが改善したと思っていただけるのかを把握して

そのQOL向上に向けて取り組むことが必要

であると考えます。

終末期こそQOLを考えられる作業療法士は必要とされる

僕自身はこの

「機能回復を目的としないQOLの改善」

という考え方が

まさしく作業療法士の専門性が特に活きるような分野なのではないか

と思いました。

 

作業療法士の専門性は

クライエントの「その人らしい生活」を多角的に捉える

という専門能力を持っていることです。

 

つまりQOLの改善は作業療法士の得意分野なのです。

 

機能低下が避けられないものの、QOL改善が求められる終末期には

そのQOL改善を考えられる作業療法士の専門性が特に必要とされると感じています。

 

僕がやってきた具体的なアプローチでいえば

  • 目を覚まさなくなった患者様に対し、少しでも身の整った状態でご家族と会ってもらう為、乱れた髪を櫛で整髪したり、着ている服を整えたり
  • 病室内でご家族と一緒に創作活動を行って、少しでもご家族とのかけがえのない時間を過ごすようにしたり
  • 主治医の相談のもと、お酒が大好きだった患者様に日本酒を含ませたスポンジブラシを口内に当て、かつての日本酒の味を喜んでもらえる時間を作ったり
  • いよいよ死を迎える間際で不安の強い患者様に対し、優しく手を握って「いつもありがとうございます。また会いに来ますからね。」と耳元で声をかけたり

限られた余生を最後まで患者様が自分らしく生きるため

ほんの少しでもできることはないかと考えながら作業療法を行っていました。

終末期における作業療法の事例について

僕は1人の患者様を担当しました。

 

過去に基底核変性症という脳の病気があり

体力低下がある上に、末期の膵臓癌を発症した方でした。

 

主治医から、余命1か月の宣告をなされ、緩和的医療を選択された女性のAさんでした。

 

Aさんとご主人、娘様は

最後に家族みんなで北海道に旅行に行きたい。

との希望がありました。

 

Aさんは自分の余命のことも、自分の状態のことも十分に理解されていました。

ご家族様もそれをわかっている上での「旅行に行きたい。」との希望でした。

 

なのでAさんとご家族にとっての「家族で旅行に行く。」ということは

本当に重要でどうしても叶えたいものなのだと感じました。

 

僕はAさんの身体の状態を評価した上で

Aさんとご家族の旅行に行くことに対する重要性を聴取し

それを他職種である理学療法士、看護師、主治医にも報告するようにしました。


その結果、主治医は旅行先で急変があっても対応できるように

旅行先の近くにある病院へいつでも医療相談が受けられるように手配してくれました。

 

他にも僕は旅行の過程で、Aさんとご主人お互いが負担がないような

トイレや車椅子への乗り移り、着替えなどの日常生活動作の介助方法をAさんとご家族に伝えました。

 

また理学療法士と相談しつつ

旅行の移動時間に耐えられるように車椅子の選定と調整を行い

Aさんに出来る限りの環境設定を行いました。

 

がんによる日内の痛みのタイミングも評価し

鎮痛剤を使用するタイミングを看護師と共に考えて、ご家族に伝えました。

 

以上のことを書類に記載して、旅行先の病院にも提出しました。

 

結果、Aさんは急変なく無事にご家族と一緒に旅行へ行くことができました。

 

Aさんとご家族は旅行を無事楽しめた土産話と、旅行先のお土産を僕にわざわざ渡してくれました。

 

 

 

 

Aさんはその1週間後に亡くなりました。

 

 

 

 

しかしAさんのご主人は、Aさんの病室内の荷物整理をしている中

作業療法室にいる僕の所へわざわざ来てくれて、僕と握手してくれました。

 

「本当にありがとうございました。kazuさんとのリハビリは本当に良かったです。」

 

そう言って、笑顔で病院を出ていきました。

 

僕のしたことはほんの小さな支えにすぎません。

でもそんな小さな支えでもお礼を伝えていただけて、本当に嬉しかった瞬間でした。

まとめ:終末期について考える

終末期リハビリは特に

患者様の生き方というテーマを何度も考えます。

 

終末期リハビリでAさんのような事例はほんの少しであり

逆にうまくいかなかった事例の方がたくさん経験しました。

 

最後まで自分らしく生きることができず

ずっと病院のベッドの上で苦しみながら死を迎えた患者様も何人もいます。

 

そのたびに、自分の無力さを痛感しましたが

終末期リハビリには、それだけ奥が深く難しいものではあるものの

作業療法士が必要とされている領域である

と感じます。

 

そして終末期リハビリでの考え方は、

いつか自分の大事な家族に対しても役に立つのではないか

と考えています。

 

あまり考えたくはないことですが

人は誰でも必ず死を迎える以上

いつか自分の大事な家族にもそういう時が来ることは避けられない

ことだと思います。

 

それは大好きな祖父母でも、両親でも、兄弟や友人でもそう。

身近にいる家族だってそう。

 

自分にとって大事な人が、人生という終末を迎えようとしている。

そしてそのタイミングはいつ訪れるかわからない。

もしかしたら明日急に訪れるかもしれない。

 

その時に

  • 自分はどう振舞うのか
  • 自分にとって大事な人の為に何ができるのか
  • 何を考えることができるのか

終末期リハビリには

このような難しいテーマにもヒントを与えてくれるような気がします。

kazu
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自分らしく生きるを考えられる人に