小さな命と大きな願い

僕はいつも大事にしていることがあります。

それは「終わり・別れ」という存在。

過去にもいくつか

「終わり・別れ」への思いに関する記事を投稿していました。

これらの内容にもある通り

終わり・別れはいつだって身近な存在であること

だからこそ「いま、ここ」が輝くこと。

このような考え方を抱くようになったのも

たくさんの本を読み、数々の経験をしてきた上で語っています。

しかし僕はその中でも、今でも忘れられない一つの経験があります。

それはある職場でリハビリを担当させていただいた

ある1人の女の子とご家族との関わり

今回は僕の経験をもとにお話させていただきます。

(内容は本人を特定できないよう、一部創作しています)

目次

小さな命

それは僕が病院で働いていた時の話。

作業療法士としてたくさんの患者様と関わらせていただきました。

その中でも特に印象深かった女の子がいます。

その子の名前はあっちゃん。

まだ幼稚園の年齢くらいの小さな女の子をリハビリテーションで担当しました。

あっちゃんは明るくて気さくな性格で

家族からも友達からもあっちゃんと呼ばれていました。

丸々とした頭にいつもお気に入りの青色のニット帽子をかぶっているあっちゃん。

そして僕と初めて会った時も人見知りすることなく話しかけてくれました。

「カズ先生!こんにちは!」

「私ね!あっちゃんっていうの!」

あっちゃんは目を細めて、可愛らしい笑顔で元気に自己紹介してくれました。

あっちゃんはその明るい性格のおかげで友達も多く

院内保育ではたくさんのお友達に囲まれていました。

いつもそばにいる友達に

「ねぇねぇ!あっちゃんとかくれんぼしよ!」

と遊びに誘っている姿が特に印象的でした。

また、あっちゃんは手先が器用でもの作りも上手。

特にあっちゃんは折り紙が大好きでした。

よくあっちゃんが院内保育から帰った後

「今日ね!たくさん折り紙作ったよ!すごいでしょ〜!」

「カズ先生にもひとつあげる!」

と作った折り紙を見せてくれました。

僕はいつも

「あっちゃんはいろんなことができて器用だねぇ。」

と感心していました。

今こうして思い出してみても、あっちゃんとの関わる時間はとても楽しかったです。















しかしあっちゃんの診断名は

末期の脳腫瘍








ある日、発熱と激しい頭痛が続き、薬を飲んでもよくならないあっちゃん。

それを心配した両親は病院を受診すると精密検査が必要と言われました。

そしてその病理検査の結果

グレード4の最も悪性である神経膠芽腫

神経膠芽腫は進行が早く極めて予後不良であり、平均生存期間はおよそ1年。

あっちゃんの生命予後は5ヶ月

主治医の先生からお父さん・お母さんに伝えられました。

あっちゃんはその翌日に入院しました。

家族の思い

僕は作業療法士として

あっちゃんのご家族様ともよく関わらせていただきました。

そこであっちゃんのお母さんともよくお話をしました。

「最初…病名を聞いたときは、自分の運命を心から恨みました…

神様はどうして私たちにこんなに辛いことをするの…?

なんでこんなにも可愛い娘に辛いことをさせるの…?

私たちが何か悪いことをしたの…?

なんで…?どうして…?そんな思いばかりでした。」

「けど今はこう思うんです。

どんなに運命を恨んだって、あっちゃんはどうしても私たちより先にいってしまう。

これはもう避けられないこと。

だからこそあっちゃんとの“いま”の時間を大切にしよう

そう思えた部分もあったんですね。」

お母さんは僕に伝えてくれました。

「それにあっちゃんは今も病気と向き合って逃げずに闘っています。

時々つらくて目を背けたくなるような瞬間もありますが

“いま”と一生懸命向き合っている自分の子どもがいるのに

親がそれに応えないなんてできませんから。」

お母さん似のあっちゃんと同じように、目を細めて笑顔でいってくれました。

そうしてあっちゃんのお父さん・お母さんは

最後まであっちゃんらしく一緒に暮らすこと

このように希望され、当院での緩和医療を希望されました。

お空の夢

あっちゃんの丸々とした頭にはいつも青色の帽子をかぶっていました。

青色の帽子には飛行機のマークがありました。

実はあっちゃんは飛行機も大好き。

なぜならあっちゃんの夢はお空を飛ぶこと。

あっちゃんはいつも

「私ね!大きくなったらお空を飛びたい!」

と僕に伝えてくれました。

「どうしてお空を飛びたいの?」

そう僕が聞くと

「だってね!飛行機に乗ってお空を飛べたらいろんなところに行けるんだよ!」

「ここを退院したら、いろんなところにいくんだ!」

「そしたらいっぱい楽しいことしたいの!」

小さな両手を大きく回しながら楽しそうにいってくれました。

ある日、僕が病室を覗くと

「あの飛行機はどこに向かって飛んでいるのかなぁ。」

あっちゃんは窓の外を眺めていました。

そんなあっちゃんとのリハビリではいろんなことをやりました。

プレイルームでお父さん・お母さんに見守ってもらいながら

両手を広げたあっちゃんを僕が両手で抱えて、飛行機ごっこをやったりしました。

「それじゃしゅっぱ〜つ。」

と僕が言うと

「ぶ〜ん!きゃはははは!」

空飛ぶ飛行機になったあっちゃんは楽しそうにお空を飛びました。

他にもプレイルームにあるジャングルジムで一番高いところに登って

「いまパパ、ママより高〜い!」

とお父さん、お母さんに向かって笑顔で手を振りました。

あっちゃんの希望は

楽しいことをいっぱいしたいこと。

お空を飛びたいこと。

そしてお父さん・お母さんの希望は

最後まであっちゃんらしく一緒に暮らすこと。

だからあっちゃんが笑顔になる時間がそのままお父さん・お母さんの希望になる。

そう思ってあっちゃんが笑顔になるような活動をたくさん提供しました。

そして次の日には折り紙を一緒にやりました。

あっちゃんは僕に

「私ね!折り紙の中でも鶴さんが好きなの!」

「だってね!お空を一緒に飛んでくれそうだから!」

と笑顔でいってくれました。

僕はそんな夢を語るあっちゃんに

「そうだよね。お空を飛ぶことが夢だもんね。」

といつも感心していました。

そして大好きな折り鶴をたくさん折って友達に配ってプレゼントしました。

「ありがとう。」

「大事にするね。あっちゃん。」

同じ院内保育にいるお友達がそういうと

「どういたしまして〜!」

「これからも一緒だよ〜!」

とあっちゃんは笑顔でいいました。

そしてある日、あっちゃんが院内保育から帰ってきた時

僕を見ると笑顔で近くに向かってきてくれました。

「先生!今日は“翼をください”歌ってきたよ!聞かせてあげる!」

“この、おおぞらに、つばさをひろげ〜♪”

あっちゃんは僕にお歌を聴かせてくれました。

僕は思わず拍手をしながら

「あっちゃんお歌も上手ですごいなぁ。」

そう言うとあっちゃんは言いました。

「そうでしょ!だってお空の歌は大好きだもん!」

生きる痛み

でもあっちゃんとの時間は

いつも楽しい時間ばかりではありませんでした。

緩和治療行っているものの、それでも病気の痛みがあっちゃんを襲う日もあり

あっちゃんはいつも明るいわけではなく、精神的に不安定な日もありました。

ある日、リハビリであっちゃんのところに行くと

その日はベッドの上で布団にくるまっていました。

そしてその隣にはお母さんが座っていました。

いつも明るかったあっちゃんの表情は今日はとても暗い。

僕はあっちゃんに向かって手を振りながら

「あっちゃん。来たよ。調子はどう?」

と声をかけました。

こっちを向いたあっちゃんは一度だけ目線が合うと

「帰って…」

すぐに顔を逸らして、冷たい声で言い放ちました。

いつもと様子が違うあっちゃんを心配して、もう一度声をかけました。

「今日はどうしたの?あっちゃん?」








「いや!!もう来ないで!!」







病室にあっちゃんの大きな声が響きました。

そばにいるお母さんもあっちゃんに声をかけました。

「あっちゃん。他の子もいるから静かにして。ほらリハビリの時間…」








「やだ!!もういい!!やりたくない!!」








それでもあっちゃんは左手を振り回して、声を荒げました。

「先生といてもどうせ治してくれないんだから!」

「どうせまた折り紙するんでしょ!もう帰って!!」

病室にいる子どもたちはみんなこちらを向いてました。

「あっちゃん…そうだね。今しんどいよね。」

僕の心は締め付けられました。

しかしお母さんは

「あっちゃん。そんなことを言ったらダメ。」

「カズ先生は毎日あっちゃんのために来てるんよ。」

「後でごめんなさいって謝って。」

毅然とした表情であっちゃんにいいました。

「…」

あっちゃんは泣きそうな表情でうつむきました。

僕はお母さんに言いました。

「いや。いいんですお母さん。一番苦しいのはあっちゃんですから。」

「あっちゃん。今日はリハビリできないね。けどまた来てもいい?」

「…」

あっちゃんはずっと黙っていました。

「ごめんなさい。後で私から言っておきますので。」

今度はお母さんは目を細めて、笑顔で僕にいってくれました。

お母さんの優しくも厳しさもある表情からは

最後まであっちゃんらしく一緒に暮らすこと

そんな思いを本気で感じとりました。








その次の日、病室に向かうと

あっちゃんはベッドの上でお母さんに寄り添っていました。

今日のあっちゃんはますます表情が暗い。

病気に伴う痛みは日に日に増しており、強い頭の痛みと闘っていました。




「ママ…痛い…」




「しんどい…」





小さな女の子が苦しそうな顔を浮かべていました。

「ごめんね。治してあげられんくて。」

「痛いけど、ママがついてるから一緒に頑張ろうね。」

「ママ…だっこして…」

「いいよ。」

お母さんは笑顔であっちゃんの頭を優しく撫でながら抱きしめました。

「ねぇママ…」

「なに?」

「ママ…怖いよ…どこにもいかないで…」

お母さんは

「大丈夫。ママがずっとついているからね。」

そう言ってもう一度あっちゃんを思い切り抱きしめました。

その光景にものすごく心を締め付けられましたが、僕はあっちゃんに声かけました。

「あっちゃん。今日もリハビリできないね。」

「また来るから、よくなったら折り鶴作ろうね。」

「…」

「うん…約束ね…」

顔に汗をかいているものの、今度は笑顔で言ってくれました。

お母さんはあっちゃんに言いました。

「ほら。先生にバイバイって言って。」

「カズ先生…バイバイ…」

そう言ってあっちゃんに手を振って挨拶をしました。

そして僕は病室を出ました。













翌週、あっちゃんの容態が急変しました。

大きな願い

外は雨で降りしきるある日。

前まで一緒にお話ししていたあっちゃんは

ついに目を覚さなくなりました。

僕が出勤してあっちゃんの部屋に行くと

あっちゃんはベッドの上で酸素マスクをつけながら

今にも止まりそうなくらい弱々しく呼吸していました。

生きていることを確認できるのは心電図モニターの波形のみ。

その日はお父さんも仕事を休んで、お母さんと一緒にあっちゃんを見守っていました。

主治医もあっちゃんの状態を確認すると

急遽医療スタッフと家族を全員集めて、カンファレンスを行いました。










「今夜が…その時が来る可能性が…




高いと言わざるを得ません…」












「うっ…!ううぅ…っっ!!!」




それを聞いたあっちゃんのお母さんは

ついに我慢を堪えきれず、両手で顔を覆って泣き崩れました。

お父さんもお母さんの肩を支えながら一緒に泣いていました。





いつかその時が必ず来るとはわかっていた。


でも…やっぱり悲しい…



寂しい…





そんな思いを汲み取りました。

そして主治医の先生は言いました。

「当院としても…最後まで治療は継続いたします。」

「もし何か…ご希望などはありますか…?」

静寂の中、お母さんが口を開きました。

「最後まで…あっちゃんらしく明るく見送ってあげたいです…」









もしかしたらこれがあっちゃんの最後のリハビリになるかもしれない。

僕はあっちゃんの病室に向かった時、折り紙を持っていきました。

でもあっちゃんはもう折り紙を折ることができません。

だから代わりにあっちゃんの好きだった折り鶴を

お父さん、お母さん、そしてあっちゃんの友達と

あっちゃんのそばで一緒に作りました。

僕はあっちゃんの部屋に来てくれた友達に言いました。

「みんな来てくれてありがとうね。」

「今日はあっちゃんのために、一緒に折り鶴を作ってくれるかな?」

「は〜い!」

あっちゃんの友達は笑顔で協力してくれました。

あっちゃんの病室は一気に賑やかになりました。





最後は明るく見送ってあげたい。

その思いを少しでも叶えるために、あっちゃんの部屋を明るい雰囲気にしようと考えました。

部屋にはラジカセがあって、あっちゃんが好きだった

“翼をください”のオルゴールの曲が流れていました。

「ありがとうございます…ありがとうございます…」

あっちゃんのお父さん・お母さんは僕に言ってくれました

「いえ…僕にはこれくらいのことしかできませんから…」

友達はあっちゃんからたくさんの折り紙をプレゼントしてもらいました。

だから今度はあっちゃんのためにたくさんの折り鶴を作って

みんなで一緒に百羽の折り鶴を作りました。

そしてそのたくさんの折り鶴を紐でむすんで、あっちゃんの枕元に置きました。

お母さんは

「ほら…あっちゃんの大好きな鶴さんだよ…」

「たくさん作ってもらえたね…よかったね…」

涙を堪えてあっちゃんに声をかけました。

そして僕は折り鶴をもう一つ折りました。

「できたよ。」

小さなあっちゃんの手に持たせました。

お母さんは

「ずっと…鶴さんと一緒にお空飛びたいっていっていたもんね…」

「きっとあっちゃんも…ありがとうって…いってくれてると思います…」

両手で目頭を押さえながら涙声で僕にいってくれました。





外は雨が上がり、窓から光が差し込みました。

その光に照らされたあっちゃんは

どこかしら安心しているような表情をしていました。







「あっちゃん…大丈夫だよ。


ずっと…お父さんお母さんが…

これからも…ずっと一緒に…ついているからね。」





優しいオルゴールの曲が流れる部屋の中




お父さんはあっちゃんの頭をずっと撫でて



お母さんはあっちゃんの手をずっと握っていました。















あっちゃんはお父さん、お母さんに見守られながら









静かにお空へ旅立ちました。









エピローグ

「正直言って、僕は今までいい父親じゃなかったように思います。

家族に少しでも多くのお金を入れようと遅くまで残業して

いつもあっちゃんが寝た頃に家に着く毎日でした。

そのせいで自分の子どもと触れ合う時間がほとんどなかった。

でもこの病院でしっかりあっちゃんと向き合えました。

これからは仕事ばっかりじゃなくて

いま目の前にいる家族との時間を大事にしようって

そう思えたんです。」

あっちゃんのお父さんは僕にこう言ってくれました。

あっちゃんが死亡退院して数年後

あっちゃんのお父さん、お母さんが病院へご挨拶にきてくれました。

お母さんは自分のお腹に手を添えて

「実はこれから2人目が生まれる予定なんです。

この子にはあっちゃんから教えてくれたこと

この病院で教えていただいたことをたくさん教えてあげようと思うんです。

命って当たり前にあるものじゃない

だから日々生きていることに感謝しながら生きていこう

そう伝えようと思うんです。」

そしてお母さんはいいました。

「あっちゃんとカズ先生との最後のリハビリで

あっちゃんの友達とみんなで…作った折り鶴があったじゃないですか。

その折り鶴…あっちゃんの告別式の時に持っていって

棺の中にいるあっちゃんの隣に…置いたんです。

そしたら…あっちゃんが…少し笑ってくれたように見えて…」

目に手を添えて、涙声で伝えてくれました。

「あの子はいつもお空を飛びたい…って言ってましたから。

自分の夢を叶えて…今でもきっと天国でも楽しく遊んでいるんだと思います。

だから…これからもずっと…お空で私たちを見守ってくれていますよね。」



僕は頷きました。

そして最後

「カズ先生。あっちゃんとたくさんたくさん

遊んでくれてありがとうございました。」

こうしてお父さん・お母さんは帰っていきました。







あれからあっちゃんと出会って数年経ちました。

今こうして思い出してもあっちゃんのことを思い出すと、少しだけ心が痛む思いがあります。

僕があっちゃんに行ったことが一番の正解だったかもわかりません。

しかしあっちゃんとの思い出は確かにいまここで輝いています。

生きていることはあたりまえじゃない。

だからこそ生きて前に進むことに意味がある。

小さな命が僕にそう教えてくれたように。

人はいつか必ず死ぬ存在であり、死を直視することが生を輝かせる

出典:「夢をかなえるゾウ4」|水野敬野

あっちゃんとお父さん、お母さんが紡ぎあげた大きな願いは

僕に「いま、ここ」を生きる強さを与えてくれました。

僕も、そして周りにいる人も

生きていることにいつか必ず「終わり・別れ」がくる。

いつその時が来ても後悔しないように

僕は「いま、ここ」を一生懸命に生きる

「今日も頑張って生きているよ!」

と空を見上げて歩き出します。

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